「3年以内に給料2倍」
社員を主語に据えた経営が生んだ、東名通商の変革
株式会社東名通商 代表取締役 吉野 一春
神奈川県愛甲郡愛川町に本社を構える株式会社東名通商は、金属塗装を中心に、ハンマートン塗装やレザートン塗装など、多様な塗装ニーズに応えてきた企業である。1973年の創業以来、半世紀以上にわたり地域の産業を支え続けてきた。同社が近年、業界内外から注目を集めている理由は、「3年以内に全社員の給料を2倍にする」という明確な目標を掲げ、それを本気で実行に移している点にある。その根底にあるのは、「会社は社員のために存在する」という一貫した思想だ。2021年に代表取締役に就任した吉野一春氏は、28年間地方公務員として勤務した異色の経歴を持つ。民間企業の現場経験がないからこそ辿り着いた、社員を主役に据える経営のあり方について話を聞いた。
現場の判断を尊重するという覚悟
東名通商は、県内4か所に工場を構え、製品の大きさやロットに応じて柔軟に対応できる体制を整えている。だが、その強みを支えているのは設備ではなく、人である。
「現場のことは、現場が一番よく分かっている」
吉野氏はそう言い切る。代表である自身は経営に専念し、現場の仕事や人事評価、日々の判断に口を出すことはない。経営と現場、それぞれの領域に踏み込まない。この関係性を、吉野氏は「聖域」と表現する。
二代目という立場でありながら、先代のやり方を踏襲するのではなく、あえて線を引く。その背景には、社員一人ひとりへの強い信頼がある。長年現場を支えてきた社員たちの経験と判断こそが、会社の土台だと考えているからだ。
「給料2倍」は社長としての「宣言」であり、実現しなければならないこと
東名通商が掲げる「3年以内に給料2倍」という目標は、社員から自然発生したスローガンではない。これは、代表である吉野一春氏が社長として掲げた「宣言」であり、必ず実現しなければならない約束である。
世の中では、かつて「所得倍増計画」といった言葉が語られてきた。しかし吉野氏は、政治や社会構造の変化を待っていても、中小企業にとって状況が好転することはないと考えている。
「待つよりも、自分たちで動いた方が早い。社長が腹を括って宣言し、そこに向かって社員と一緒に進む方が、よほど現実的だと思っています」
そのため「給料を2倍にする」という言葉は、単なる理想論ではない。同時に社員への明確なリクエストでもある。今よりも人としての質を高めること。製品に対するクオリティをさらに引き上げることだ。
仕事への姿勢、責任感、誇り、そのすべてを“今の2倍”にしてほしい。
「給料だけ2倍にして、他が変わらないというのはバランスが悪い。だから私は、『2倍にするから、みんなも2倍になってほしい』と伝えています」
東名通商の「給料2倍」は、与えられるものではなく、社員一人ひとりが考え、行動し、成長することで実現していく目標だ。その過程で社員自身がバージョンアップし、企業としての魅力も高まっていく。その結果として、給料が上がる。その循環をつくることこそが、吉野氏の狙いである。社員に期待しているのは、答えを与えられることではない。「どうすれば実現できるのか」を考え続ける主体であることだ。
会社を支えるのは「人」である
吉野氏の経営観は明快だ。会社のために利益を溜め込むのではなく、人に還元する。社員が成果を出すからこそ法人が成り立つ以上、守るべきは会社という箱ではなく、その中で働く人間である。
東名通商では、昇給や昇格のタイミングを固定していない。社員間の評価や業績に応じて、上げられるときに上げる。その結果、直近では社員の3人に1人が昇給・昇格を果たしている。
評価が可視化され、努力が報われる環境は、社員同士の健全な競争意識も生む。「次は自分も」という前向きなエネルギーが、組織全体の力を底上げしている。
社員が主役の会社であり続けるために
東名通商は、あえて中長期の事業ビジョンを固定していない。全社員が「給料2倍」という共通の目標に集中することを優先しているからだ。
将来、塗装業にこだわる必要もないと吉野氏は言う。社員がやりたいこと、実現したい夢があるなら、この会社を舞台に挑戦すればいい。働くとは、自分と家族の生活を守るための手段であり、その選択肢は一つである必要はない。
また、血縁による事業承継にも強いこだわりはない。むしろ、この会社で真剣に働いてきた社員こそが、次の代表にふさわしいと考えている。吉野氏自身、60歳を迎えるまでに代表を退くつもりだという。
社員が主役の経営。その行き着く先にあるのは、社員自身が会社の未来を担う姿だ。「給料2倍」が達成されたとき、そこにあるのは数字以上の価値なのかもしれない。
【企業情報】
株式会社東名通商
- 本社住所:
- 〒243-0303 神奈川県愛甲郡愛川町中津6769-1
- HP:
- https://toumei.a.bsj.jp/
- 設立:
- 1973年
- 代表取締役:
- 吉野 一春